HONDAの歩み
当カテゴリーではHONDAの歴史とHONDAに関わる歴史上の人物を紹介します。
今回紹介するのは、既に語りつくされたかもしれないですが本田技研の創業者です。
町の工場への丁稚奉公にはじまり、HONDAを世界の大企業にまで育てた伝説的な経営者です。
キャプテンHONDA
しかし私がもっとも興味を惹かれたのは、その経営手腕よりも、社員のモチベーターとして振る舞う、スポーツチームのキャプテンか監督のような才能です。
お客様は神様だ、顧客満足度を最優先にするのが商売の鉄則だなどと言われていますが、HONDAのような、まったく新しいものを作り出す企業の場合、開発者である社員のやる気と自由な発想を最大限に引き出すことが成果に直結するものと思います。
宗一郎氏は、常に丁稚奉公をしていた当時の感覚を、HONDAの工場で働いている従業員に照らし合わせていたように思えます。大企業の社長になった後も、世界中の工場を作業着で訪れ、従業員の生の声を聞き集め、会社運営に反映させていきました。食堂で冷め切った食事を出され「こんなメシを従業員に喰わせて、いい仕事ができると思っているのか!」と料理長にカミナリを落としたりして、省電力のために当時の工場で主流だった昼夜2交代制を、宗一郎氏は「昼間やって、翌週に真夜中に仕事して、身体壊したらどうするんだ!」と言い、連続2交代制(6:30〜15:10・15:20〜23:30)を初導入したのが有名です。 会社が傾きかけたときに、あえてF1に参入して社員の士気をあげ、持ち直す様なんて神懸っているとしかいえません。
親父のような上司
常に新しいものは、現場で生まれるという事を忘れなかった人なんだろうな。
こんな監督の下で仕事が出来たらなぁと思わせる人物像ですね。特に身近な部下たちからはオヤジとよばれていたそうです。
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HONDAの歴史